マウントフジフラワーエッセンス+ミディアムチャネルリーディング体験談
直線上に配置

マウントフジフラワーエッセンスを使用して下さった方々からのお声をご紹介し ます。

注:体験談は、必ずご本人の了解を得て掲載しております。個人のプライバシーに関わりますので、転載・転記は固くお断り申し上げます。



〜マウントフジフラワーエッセンス+ニューヴィジョンメッセージを受けて〜

C.K

パビットラ様


11月18日は初めての個人セッションでお世話になりました。
山梨からうかがった、C.Kです。
ワークショップの間のお忙しいところを対面セッションに対応していただき、ありがとうございました。

だというのに、私は遅刻までする失礼をしてしまいました。
本当に申し訳ありませんでした。
初めての場所を訪ねる時、いつもは迷う方でないのに、JR比叡山坂本駅に着いてから、まず反対側へと歩き出し、セッション前にどうしても訪ねておきたかった日吉大社さんのお参り時間が遅れたうえ、目の前に来てまで、新月の闇夜のなか右往左往し迷ってしまいました。
もしや私はトンネルのなか、わざわざサングラスをかけて迷っているのが好きなタイプの人間なのではないか?と勘ぐってしまいました。

前日の京都旅も夜の貴船参りで、覆われるような木々の気配と力強い水音を聴きながら、灯篭の示す道だけ頼りに、闇の中を旅してきた印象がありました。


そうして、たどりついた扉の先は白い「光」の世界。
セッションは、またしても、私のせいで時間的に急ぎ足になってしまいましたが、にもかかわらず、セッションの内容は、願っていた以上に充たされるものでした。
ありがとうございました。
唯一、「あの光の場所を、もっとゆっくり感じたかった…」というのが少しの心残りです。


旅は、筋書きの仕立てられた魂の物語と思えることが多いのですが、今回の旅はなお一層でした。

今年の春からマウントフジフラワーエッセンスを使いはじめ、親しみと信頼が深まるほど、開発者の方に会ってみたい、という想いが強くなりました。
聖地・比叡山の麓、琵琶湖のほとりというロケーションにも、より強く、惹きつけられた気がしています。
でも、「老いた母を見てなければならないし、しばらくは無理」と諦めていたのですが、友人から「無理を承知で京都に宿をとってみたよ」との便り。
また京都は一昨年亡くなった父との約束の旅でもありました。
「もしかして父が…」と段取りと整えた矢先、その友人は同行できなくなり、一人旅になりました。

自由に時間が使えることになり、まず調べたのが、京都から比叡山の麓の地までのアクセスでした。
でも急でしたし、御社は休日の土曜でした。
さらにホームページから、ちょうど土日で講座が開かれると知り、諦めかけたのですが、ふと「ならば逆に、縁があるなら」と問い合わせさせていただいた次第です。
さらにその後、ある行き違いから、旅の日程を土日から金土に変更することになり、旅のゴールがマウントフジフラワーエッセンスの初めての対面セッションとなりました。


それ以前に、7月から母とのことをテーマに、ハートサポートシステムでフラワーエッセンスセラピスト®の山吹空さんから遠隔セッションをしていただき、リーディングしていただいたミックスボトルをリピートしながら、かなり濃厚な、気づきと変容のプロセスをたどってきておりました。
特に、こと母のこと以外では、自分の内面の変化に伴って現実の世界が変わっていく体験を、さざ波が押し寄せ、波紋が広がるように経験しました。

時には劇的な人間関係の変化もありました。
私のアキレス腱であった猫たちへの過度な心配が、もっとゆったりした信頼感へと意識せず変わっていたことで、日常がとても楽になり、何より献身的な猫たちに愛情という重みを背負わせずに済むようになりました。
また、お花たちのエネルギーとの繋がりを感じられる悦びが、自分で選んでいた時よりも増したように思います。

ただ、抑えがたく溢れてくるようになった母への感情だけが度し難く、なかなか手放せずにおりました。
「母のために」と常に願っていた“良い娘”は、姿を消し、母にエネルギーを奪われることを恐れ、一転して母を拒否するようになりました。
母を主体にしていた私の考え方や感情は、自分の内面、ひいては犠牲にされてきた自分の人生へと向かうようになりました。
でも、なぜここまで感情がとめどなく溢れるのか不思議でもありました。
依存の非常に強い母に振り回されてはきましたが、直接、虐待や厳しさを向けられた事はありませんでした。

クサボケ、タチツボスミレ、シャクナゲペイルピンク、ムシトリナデシコ、キリ、ヤマツツジ。
密着していた母と私の間に、それぞれお互いを尊重した心地よいスペースを作れるよう私の元に来てくれたお花たち。
心地よい、と感じられるようになるまでに、この断然や分離の感覚も必要なプロセスだったのでしょうか。


そんな状態で、パピッドラさんによる対面セッションが叶った時は、テーマを絞りきれず悩みました。

母に向け溢れる感情を自分なりに良く分析すれば、様々な感情が、たまたま母に向かってしまっていることも自覚できました。
更年期という人生の転換期。
それまで自分のアイデンティティにもなっていた仕事ができなくなってきたこと。
これまでの人生のシコリのような様々な出来事や感情。後悔、罪悪感…そう考えていくと、「どこから手をつけてていいのか分からない」と思えました。

この10年ほどは、様々なブランドのフラワーエッセンスや時に縁のあったメソッドの力を借りながら、かなり玉ねぎの皮を剥いてきたつもりなのに…まだ…。

それで、セッションメニューを相談によりアレンジしていただける「インフォトーク」をプラスする内容でお願いしました。
直前まで気持ちはまとまらず、その結果、1時間30分、気づいたら生まれて以来これまでの私が抱えて来た「個性的な問題」を、思いつくかぎり喋り尽くしていました。
また、この旅の間に確信した「神社は好きだけど、なぜか、お寺はあまり好きではない」という点にも触れさせていただきました。
身体的に、どうしても消えないアトピーが気になっている事なども。

パビットラさんは、その間、遮ることもなく、速記のごとくメモを取りながら、ただ受けとめ聞いてくださっていた気がします。
その段階では、何か反応されるわけではなく、とてもニュートラルな感じであったパビットラさんの印象が残っています。

残りは1時間しかありませんでした。
帰りの夜行バスのため延長もできません。
でも、どこかこれも筋書き通り、という安心感がありました。
パビットラさんがアレンジしてくださったのは、まず「エネルギーリーディング®」、そして私が気になっていた「ニューヴィジョンメッセージ(源とのチャネリング)」を選んで下さいました。
時間的にそれしか選択肢がなかったのかもしれませんが。「それでいいですか?」「はい、それでお願いします」。
心からうなづけました。

リーディングに入る前、自分にとって一番のテーマを言葉にしたのですが、それも、あまりに的外れだったと今は恥ずかしく思います。
ただ「自分に付けられた痕跡を無くしたい」という部分は、その通りだった気がします。


『それらは、大した問題ではない』。
…私の人生の目的においては。

今思えば、自分でもわかっていた思います。
セッションに臨む前に自分のテーマを振り返って考えていた時にも、パビットラさんを前に1時間30分まくしたてていた時も、大した問題でないことが、わかっていた気がします。

御社のホームページの<体験談>を拝見し、それぞれの苦しみや葛藤に誠実に向き合う人の言葉を読んでいる時、ふと私が今感じてる問題など大したことがないのでは…、と感じた瞬間がありました。
もちろん、その都度、経験をしている渦中は、本当に苦しみ、葛藤し、溺れそうになりながら必死であがいていた私がいたと思います。

それらの体験さえ、『すべて、計画どおりだ」と。

ニューヴィジョンメッセージの力強い響きの余韻を、今も「源」を見失いそうになった時、目を瞑ると取り出すことができます。
できるなら、もう一度聞いてみたい。
生まれて初めていただいた、完全なる肯定の言葉でした。


「誇りに思いなさい、覚悟しなさい、“その目的を”、やり遂げなさい」。

そうでした。
本当にずっと、誰にも理解されなくても。
自分では、どうにも変えようがなく、わかっていたこと。命のように大事なその目的。
その自由と喜び。
ただ一人の理解者と思っていた父が逝ってしまい、とても寂しくなっていました。

結婚もしていない、子供も、家族も作ってこなかった、そもそも、その願いが持てなかったのは女性性を抑圧しているからだろうか?
生い立ちのせいだろうか?
仕事で誇れるキャリアを築いて来れたわけでもない。
何かを達成したいという現実的な望みが持てないのは、グランディングできていないからだろうか?

『何か間違っていた、と感じる必要など一切ない。すべて計画どおりだ』

ありがたく、溢れてくるものとともに、私の中に流れる川の存在を、はっきり感じられるようになりました。
嬉しかったです。
さまざまな体験を、常識や既成概念による色づけをせず、感情にも悲しみとか怒りとか、喜びとか、名前づけすることなく、ただ感じるままに受け止められたなら、どんな体験も『すべて計画どおり』なのだろう。
「源」からの流れを見失うことはなかったはず、と今は思えます。

何気ない瞬間に、風に散る桜を見ていて、「ああ、桜は散るのではなく、みずから舞うんだ」と直感が訪れる瞬間に感じる至福を、その自由を、この生の中で充全に感じきりたい。
できるなら科学の知識などに汚されていない、まっさらなハートでオーロラの神秘を受け止めていたイヌイットのように、
いつも世界を感じていたい。
そんな願いを、ただ大切にして生きていっていいんだと、本当に嬉しかった。

世間の常識だけでなく、テレビの誰かの言葉、親しい女友だちの何気ない言葉や悩みも、宗教やスピリチャルが説く真理さえ、それら“外野の声”を、「私のものではない」と感じながら、知らず影響を受け、すっかりまきこまれていたと思います。
それらが、“消し去りたい付けられた痕跡”だったのでしょうか。


セッションの後、母といる事が平気になりました。
家にいる時の緊張感や怯えが完全に消えたわけではないのですが、日々の時間にもくつろげる感覚や、家を離れている時には良く感じていた、あの懐かしい感覚、“至福感”が、家にいながらも、顔を出すようにさえなってきました。

気づけば、遠隔セッションの時に最初に立てたテーマが叶えられつつあります。
遠隔から対面へ、「見事なまでのバトンリレー!」と感じています。
遠隔セッションの中でフラワーエッセンスセラピスト®の山吹空さんがクサボケの花のリーディングに「解放と光」という言葉を書いてくださっていたことが、ようやく近くにある希望として感じられるようになり、嬉しいです。


またセッションの後、「いつからだろう?」という考えに意識が向かうことが多くなりました。
少女の頃は、むしろ“外野”の雑音が耳に入らず、一人の世界で完結し、自分の川に遊べていた気がします。
あの頃は、“ひとりあること”を、無意識に自然にできていたのに、なぜ、いつから?こんなに惑わされる、合わせる人間になってしまったのだろう?

それで思い出したのが女友達の存在でした。

大学で家を離れ、初めて自分と「同類」と思える友人に出会い、自然の中へ羽ばたいていく自由な翼を持った彼女の行動力は、一人の時とは別の、共有する喜びや楽しさを与えてくれました。
(卒業後にアメリカに渡った彼女は琵琶湖のほとりの出身です)。

ある時、ひとりに慣れていた私が、彼女に相談することせず決めた選択を彼女が怒り、関係に亀裂が入りそうになった時、彼女を失うかも、という恐れと悲しみ、恋しさを、強烈に感じた夜、胸が張り裂けそうな息苦しさを今も覚えています。
私には彼女が怒ることが理解できなかったのに、とにかく「合わせなければ」シェアしなければ友情は成り立たないのだ、と思い知ったのだと思います。
その後、相棒の彼女をアメリカへ見送った時や、アメリカに訪ねた時に友人が白人の彼と同棲していた時のショック・・・そうして、それ以降、私は同類と思える女友達と共有する喜びの代償に、ひとりあることの清々しさを無くしていったのではないかと思うのです。

また、セッションの後は、“ふるい”を手にしたような感覚もありました。
私にとって大事なものと、関係ないものを明確に振るい分けられる“ふるい”です。
洪水のような雑音の中でも、今では、鳥のさえずりや、大事なものだけ選びとって私の耳に入ってくる・・・。

ところが、ただ女友達に関わるこだわりだけ、ふるいにかけられずにいます。
同じく母親への手放せない感情を抱きながら、私と同じ未婚であったり、結婚を選びながらも、それぞれに、今までの女性性に縛られない人生を模索しているソウルメイトと呼べる数人の友人たちが、家に戻ってからの私には重要な存在でした。

数日前、立て続けに、友人とのやりとりを通じ揺さぶられる出来事が起きました。
一方の出来事では、共有したいがため「合わせよう」としてクリアーになっていた自分の内側が乱れ、反面では、相手を自分の価値観に「合わせたい」というエゴが、また顔を出しました。

毒の残骸がまた溢れ、母にぶつけてもしまいました。
セッションで見い出した光をまた見失うのではないかと酷く動揺しました。

その直後の別の出来事は、逆に、ひとりあることを選んだ友人から数年ぶりの連絡でした。
私と時間を共有してた頃、世間でとても生き苦しそうだった彼女は、私からも距離をとり、その間に、気功整体師という天職にたどり着き、身を立てるまでになっていました。
再会の記念に整体を受けました。私はすっかりくつろいで彼女に身を預けられ、その感触で身をもって彼女が今度こそ源の川に沿った道にたどり着いたのだ、とわかりました。


さて、エネルギーリーディング®とニューヴィジョンメッセージ(源とのチャネリング)によるメッセージを受けた後は、ベッドに寝た状態でヒーリングを受けました。

何しろ時間がなかったので、ゆっくり味わうという余裕まではなかったのですが、眉間(第6チャクラ?)に何か(ボトル?)が置かれた時、ぱーっとひたいは開かれた感じが広がり、白く輝く觀音様のイメージが浮かんだことは、あまりそういった経験をしたことがなかったですし、とても印象的な出来事でした。
また、この感覚、この状態が、メッセージにあった『その目的をやり遂げるため』、私にとても重要なもの、と思えました。

第6チャクラに選ばれたミゾソバ(ホワイト)でした。
瞑想の広がり。
気になっていたマウントフジフラワーエッセンスの一つでした。

その他の、アメリカセンダングサ、キリ、ヤマブキ、センニンソウ、マルバハギ、マツヨイグサも気になっていたものばかりでした。
その組みわせは、「今の私をサポートしてくれる微細で完璧な調和、まるで富士山のよう」と思えました。

マルバハギは、今年、富士山に何度も通う道すがら、なぜか良く目に飛び込んできて、とても気になっていたお花でした。
マツヨイグサも、私にとって富士山と同じくらい好きな月に関わるお花ということで、パビットラさんのご著書「マウントフジフラワーエッセンスとエネルギーの世界―花の"Being"―」に書かれていたオススメから、中秋の名月から十三夜さんまで単品で浴びるように楽しんで使っておりました。
ですが、この2つのお花については、内容の説明を読んでも、自分のどこに当てはまっているのか今だ洞察ができていません。
先に綴りました女友達とのテーマにも関係しているのでしょうか。

それにエネルギーリーディング®の内容とニューヴィジョンメッセージからして、シャガやイカリソウではなく、なぜマツヨイグサとマルバハギだったのかという不思議さもありました。
最初に喋りすぎずに時間を残しておけたら、シェアリングのなかでお聞きできたかもと、その点も少し後悔があります。

私にとって、富士山とお月様に抱く特別な親しみの感覚は、とても近いものがあります。
「富士には月見草がよく似合う」と詠んだ太宰治は、小説に書かれてる意味より実はもっと深い部分で何か捉えていたのではないかと私は思ってしまいます。


それでも母と家にいると、白い観音様の素晴らしいイメージはどうしても鈍りがちですが(友人の気功を受けた後、ひたいが開く感覚がすっかり戻りましたが、家に近づくほどまぶたが重くなっていくのを実感しました。友人には特に頚椎に問題もあるようと指摘されましたが、身体のことも並行しながら、ミゾソバ(ホワイト)のクリアーなエネルギーにより近づいていきたい思っています)

アメリカセンダングサが立て直しの勇気とやる気をくれているのがはっきりわかります。

以前に増して自然のエネルギーをチャージしやすくなったのはきっとセンニンソウのおかげです。

そして大好きなヤマブキが、気づかないくらい自然に、本来の私らしさを取り戻せるよう支えてくれているのだと感じられています。


お寺が嫌いなのは…。
過去生が僧侶だった、という夢のような、けれどひどく納得のいくリーディングもいただきました。

本当に夢心地のまま、夜行バスで夜明け前に甲府に戻り、家までの道のり自転車をこいでいると、目の前に美しい曙の空に君臨する富士山がそびえて見え、同時に、まだ無音の世界に、お寺の梵鐘が鳴り響きました。
忘れられない風景になりました。

いただいた源からのメッセージは、これから残りの人生ずっと忘れずに携えていけると思います。


本当にかけがえのない道しるべをいただきました。
ありがとうございました。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。


(弊社注) 文中に登場した、フラワーエッセンスセラピスト®山吹空さんの遠隔セッションについては、遠隔セッション体験談のお礼メールをご参照下さい。